MENU

【監督時代編スタート】落合博満、中日監督就任の経緯を振り返る!

<動画について>
2003年秋、中日ドラゴンズ監督就任前夜の話。当時、中日ドラゴンズの監督候補の名前には野村克也さん、谷沢健一さん、高木守道さんが挙がっており、オレの名前は挙がっていなかったはずと言う落合博満。監督就任を受け入れた際のエピソード、信子夫人のチラシ裏に「OK GO」は有名な話。電光石火の全権監督就任劇の様相が感じとれる。チーム改革と優勝を託され、最低限必要な年数をはじき出し、契約を行った落合博満。プロ野球チームという組織改革の難易さも垣間見える。背番号はなぜ66番に?これまでにオファーをもらった球団は?などお楽しみください!

🔥チャンネル登録&グッドボタンよろしくお願いします!
🔥コメントもお待ちしてます!
🔥コメントは落合博満本人も見ていますので、どしどし!

【落合博満プロフィール】
■プロ野球選手OB・野球解説者
■出身地:秋田県南秋田郡若美(現・男鹿市)
■出生年:1953年生まれ
■主なタイトル:史上最年少三冠王獲得(82年)、2度目の三冠王(85年)、史上初3度の三冠王(86年)、正力松太郎賞(07年)野球殿堂入り(11年)
■所属球団:ロッテオリオンズ(79~86)、中日ドラゴンズ(87~93年)、読売ジャイアンツ(94~96年)、日本ハムファイターズ(97~98年)
■監督:中日ドラゴンズ(04~11)

#落合博満 #三冠王 #プロ野球ニュース

▶️Twitter

写真提供:株式会社スポーツニッポン新聞社
協力:ミズノ株式会社

【ご注意】
このチャンネルの動画の無断転載・無断切り抜き等は固くお断りしています。そのような事実を発見した場合には、警告の上、悪質な場合には、法的措置をとる場合があります。切り抜きチャンネルをご希望の方は、お問い合わせください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次